ブログの更新を続けるコツ/ダメならダメなりの文章で語れば良いじゃないか!

良いカッコしようとするからネタに詰まる。

ここ数日ネタに詰まっている。『人の役に立つ記事なんてそんなに沢山書けねーよ!』って感じでキーボードを叩く手が止まる。
でも、自分がブログを見る時って必ずしもお役立ち報情ばかりを見ているわけじゃなく、どこかの誰かのボヤキを見て共感してたりしてる。

ようは暇つぶし。

どこかのブログで見たけれど、テレビのバラエティ番組とかスマホアプリとかと同じように「暇つぶし」もそれはそれで市場価値はある。それは、日本が物質的に満たされていて、市場はすでに「精神世界」にあるからなんだけど。その暇つぶしにいくらかの価値があるのなら、そのコンテンツはお金になるんじゃないか。

ここで『こんなブログ、暇つぶしにすらならねーよ』とか、考え出したらまた筆が止まるから、そこは考えない。

だから良いところ見せようとかスカさない事が大事な気がしてきた。
だって、人の失敗、体験とか、良い暇つぶしになるでしょ。どうやって検索して来るの?って感じではあるけどね。

大丈夫。俺のことなんか誰も見ていないなんってったって1日1pv

1日PV一桁でモチベーション維持するのは予想以上に大変な事だ。
見ないように見ないようにとは思いつつ、結局毎日アナリティクスを覗いてしまう。
そこにはX軸とべったり水平な解析結果がある訳だ。

そうなってくると、このブログに存在価値があるのかとか思い始める。いや、現時点では少なくとも存在価値は無いのだろうけど、「こんなの公開してなんになるんだろう?」という無駄な自意識で途中で筆を置いてしまうなら、『どうせ誰も見てないし』って開き直って発信し続けて居たほうがまだ生産的だ。
ネガティブなんだかポジティブなんだかわからないけど。

自分の言葉で語る

ブログの更新が止まるくらいなら、自分の言葉で語れば良いと思う。
本当はSEOとかコピーライティングとか意識した書き方が出来ればベストだろうけど。それは追々身につけていけば良い話だし、そんなんで悩んで更新自体が止まってしまったら元も子もない。

どんな記事でも共感者は居ると信じる

どこかの誰かがきっと共感してくれると信じる。
この記事に価値があるかどうかの判断は読者に委ねる。

さてさて、3ヶ月後どうなってるか…。

※この記事は「だ・である」調の文体で書かれています。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする